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名古屋地方裁判所 昭和49年(ワ)1343号 判決 1975年10月07日

原告(不在者) 李南仙 外四名

被告 共和電解工業株式会社

主文

一、被告は、原告らに対し、別紙物件目録記載の不動産につき、名古屋法務局半田支局昭和四六年五月一三日受付第七三五六号売買による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

主文同旨

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1  訴外金景文は別紙目録記載の不動産(以下本件不動産という)を所有している。

2  原告李南仙は右訴外人の妻、その余の原告らはいずれも右訴外人の実子であり、右訴外人が昭和四六年五月二日死亡したのでいずれも同訴外人の相続人となつたものであり、本件不動産を李南仙が1/3、金旭子こと金栄愛、金順栄、金栄喜、金栄三がそれぞれ1/6各法定相続した。

3  訴外大島卓士は本件不動産につき何ら所有権移転の原因がないのに、名古屋地方法務局半田支局昭和四六年五月一三日受付第七三五六号売買による前記金景文から被告への所有権移転登記手続をなした。

4  よつて、右所有権移転登記は登記原因を欠く無効な登記であるので、原告らに右訴外金景文の相続人としてその抹消登記手続を求める。

二、請求原因に対する認否

1  第1項は認める。

2  第2項は不知。

3  第3項は認める。

4  第4項は争う。

第三、証拠<省略>

理由

一、本件不動産が訴外金景文の所有であること、本件不動産につき訴外大島卓士は何ら所有権移転の原因がないのに、名古屋地方法務局半田支局昭和四六年五月一三日受付第七三五六号売買を原因とする右金景文から被告への所有権移転登記手続をなしたことは当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第八号証、第九号証の一、二、第二〇号証によれば、訴外金景文は朝鮮民主主義人民共和国の国籍を有していたが昭和四六年五月二日ごろ、訴外大島卓士に殺害されたこと、原告李南仙は右金景文の妻であり、同金旭子こと金栄愛は長女、同金順栄は二男、同金節子こと金栄喜は二女、同金栄三は三男であること、右原告ら五名はいずれも昭和三九年四月二四日第一一六次帰還船で朝鮮民主主義人民共和国に帰国し、原告ら肩書地に居住していること、原告ら五名はいずれも不在者としてその財産管理人に在日本朝鮮総聯合会議長韓徳銖を選任したことがそれぞれ認められ、右認定を左右する証拠は他にない。

二、ところで、本件は朝鮮に国籍を有する外国人である訴外金景文を被相続人とする相続を前提とする事件であるから、相続の準拠法は法例第二五条によつて被相続人の本国法によることとなるのであるが、朝鮮は、本件相続の原因たる事実発生の昭和四六年以前から朝鮮民主主義人民共和国と大韓民国とに別れており、朝鮮民主主義人民共和国と大韓民国はそれぞれ独自の法秩序をもち、いずれも朝鮮半島及び付属島嶼全域につき朝鮮を正当に代表する政府たることを主張しているが、現実にはいわゆる三八度線を境として南北朝鮮の各地域を各別に統治していることは顕著な事実である。

ところで一国内に互に他を否認し合つている二つの政府が対立し、互にその国の全領域および全人民を自らの領土および国民と主張し、従つて、その制定にかかる法律秩序の全領土および全国民に対する妥当を主張し合つている状態は、いわゆる一国内に異法地域をもつ不統一法国に属する者の本国法を決定する場合と全く同様ではないが、国際私法上適用さるべき外国法秩序とは現実に外国において実効性のある法律をいうのであるから、以上のようにそれぞれの政府の現実の支配領域に限つて実効性を有する法秩序が存しているということは一国数法の場合の国際私法上の処理を類推適用するのが相当であると考えられる。

そうすると次に属人法の決定が問題となるが、当事者が本国のうちのいずれの地域と最も密接な関係を持つかによつて決定さるべきであり、その標準としては当事者の本籍地、現在及び過去の住所、その他居所等とともに当事者がいずれの地域に居住することを希望しているかという意思的要素をも含めて全体として決定すべきである。

成立に争いのない甲第八号、二〇号証によれば訴外金景文のくわしい履歴は不明であるが、本籍地は韓国であり、愛知県知多郡武豊町大字富貴字久原一の三に居住し、昭和三四年八月二八日から外国人登録原票に登録されており、右登録当時の国籍欄の記載の国籍は韓国となつていたが、昭和三七年一月二九日朝鮮と変更したことが認められ、又前記の如く、妻子は昭和三九年朝鮮民主主義人民共和国に帰還しており、右訴外人は妻子の帰還後も朝鮮総聯支部委員長をしていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。右認定の事実によれば(ただし右外国人登録原票の国籍欄の記載は「朝鮮」とあるのが朝鮮民主主義人民共和国を意味するものではないことは公知の事実であるが、本件右変更は「韓国」でない「朝鮮」を選ぶ意思の一つとしては推認することができる)右訴外人は朝鮮民主主義人民共和国国籍を選んだものと推認すべきであるのに対し、大韓民国との間にはこのような格別の身分上の関連を有するものとは認められない。従つて、本件においては右訴外人が身分上密接な関連を有する朝鮮民主主義人民共和国の法をもつて、法例第二五条にいう被相続人の本国法であると解すべきである。

三、そこで、被相続人の本国法である朝鮮民主主義人民共和国における相続についてみるに、一九四八年制定の朝鮮民主主義共和国憲法では一定の制限のもとに土地の所有も認められていたが、一九七二年一二月二七日施行の朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法によれば個人所有は勤労者の個人的消費のための所有のみが許されその個人所有は法的に保護され、それに対する相続権も保障されるが、その具体的規定および不動産が右所有を許されるものに含まれるかどうか、又外国における自国民の不動産の所有及びその相続はどうか等については結局不明であるといわざるを得ない。

仮りに右憲法の改正の経過にかんがみ本件の如き比較的広大な不動産について個人所有が禁止され、そして、相続の対象とならないと解される結果、法例二五条の原則に従い、朝鮮民主主義人民共和国法を適用して我国内において居住する朝鮮民主主義人民共和国国籍を有する被相続人に対する相続権を剥奪する結果を容認することは、法例三〇条にいう公序良俗に反するものというべきであるから、かかる場合同条により、右朝鮮民主主義人民共和国法はその適用を排除さるべきものと解すべきである。いずれにしてもその結果は相続に関する規定を欠くに至り、結局法廷地法たる日本民法を適用すべきものと解するを相当とする。

そして日本民法によれば原告らが訴外金景文の共同相続人に該るので原告らの請求を認容し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 生田暉雄)

(別紙)

物件目録

一、愛知県知多郡武豊町大字富貴字久原

地番 壱番参

地目 山林 (三〇・六三九平方米)

二、前同所

地番 壱番壱壱

地目 山林 (四七二平方米)

三、愛知県知多郡武豊町大字富貴字石田

地番 五九番八

地目 山林 (一、一六四平方米)

四、愛知県知多郡武豊町大字富貴字道廻間

地番 壱六番壱二

地目 雑種地 (二、四七二平方米)

五、愛知県知多郡武豊町大字富貴字久原一番地三

家屋番号 壱番三

鉄筋コンクリートブロツク造亜鉛メツキ鋼板葺平屋建居宅 壱棟

床面積 一三七・七六平方米

(附属建物の表示)

木造亜鉛メツキ鋼板葺平屋建物置 壱棟

床面積 三〇・二五平方米

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